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東京高等裁判所 昭和55年(行ケ)238号 判決

審決を取消すべき事由の存否について判断する。

1 成立に争いのない甲第二号証の一、二(出願当初の本願発明の明細書及び昭和五二年一二月一日付手続補正書による本願発明の明細書)によれば、本願発明は、座部と背部が一体となつた耐荷重性殻体を有する椅子(いわゆるシエルチエア)を改良するものとして、この種の椅子において外観の装飾性と強度の両方を達成することを主目的とし、特許請求の範囲に記載のとおりの構成を採用したものであつて、椅子の基本的構成としては、「椅子に座る人の重量を独自に支持するのに十分な厚さと剛性を有するところの座部と背部とが一体となつた耐荷重性内側殻体」の後面を覆うように、内側殻体と同様に「座部と背部とが一体となつた所望の形状を保持するのに十分な厚さと剛性を有する別の成形プラスチツク製非耐荷重の装飾外殻」を配置して耐荷重性内側殻体に固着する構成とすることによつて、人の重量を支持するという椅子本来の支持機能を専ら耐荷重性のある内側殻体に担わせ、装飾的外部形状は、専ら非耐荷重性の装飾外殻の周縁以外の部分によつて工夫することにした点にその技術的特徴があるものと認められる。

一方、成立に争いのない甲第三号証(特公昭三九―二三三二八号特許公報)によれば、引用例記載の椅子の主要部材は、本願発明と同様に座部と背部が一体となつた上部殻状体とこの上部殻状体の後面を覆うための座部と背部が一体となつた被覆部分を有する下部殻状体とが縁部において互いに結合され、背部部分においては、間に中空の空間部が形成されるようにした一体構造体であることが認められる。

しかしながら、引用例の記載を子細に検討すると、その「発明の詳細な説明」には、次のとおりの記載が認められる。即ち、「本発明の他の目的は、強くてしかも軽量な成形構造体から作つた新規な座席構造体を提供しようとするにある。」(同公報一頁左欄下から七行、六行)、「この一体構造体3は、すぐれた弾性と著しい耐久性とを生じ、これと同時に重量が比較的軽い。」(同頁右欄一二行、一三行)、「底部面積部分においては、各殻状体1、2は、著しく強い積層体を形成している。」(同欄一六行ないし一八行)、「この面積部分の積層した部分5、6は、着座区域に弾性を与えるのに使うバネ部片又はその他の形式の弾性部片の極めて強い支持体になる。」(同欄二一行ないし二三行)、「どの場合にも、殻状体1、2の部分5、6は、著しく強い支持体となり、バネ部片のような弾性部片が従来のこの種室内家具によく起るように椅子底部をつき破ることが実際上ないようにする。」(同欄二七行ないし三〇行)。

これらの各記載に徴すると、引用例に示された技術は、すぐれた弾性と著しい耐久性とがあり、しかも、比較的軽量の椅子などの座席構造体を提供しようとしたものであつて、主要部材にあつても、上部殻状体と下部殻状体とが協働して荷重支持部材を構成しているものと認められる。引用例全体を精査しても、引用例には、本願発明の技術的特徴ともいうべき、内側殻体だけに人の重量を支持できるだけの強度をもたせるとともに、外側殻体においては装飾的外部形状を工夫作出するという技術的思想を示しもしくは示唆する記述を見出すことはできない。

2 次に、原告が審決の誤りとして主張する事項について順次判断する。

(一) 引用例記載の椅子の構成においては、上部殻状体と下部殻状体とが協働して荷重支持部材を構成していることは前認定のとおりであるから、審決が、引用例の上部殻状体(本願発明の内側殻体)が耐荷重性のものであるが、人の重量を独自に支持するのに十分な厚さと剛性を有するものかどうか不明であり、本願発明の外殻に相当する下部殻状体が人の重量の一部を支持しているのかどうかも不明であると認定したのは明らかに誤りである(右の点の認定が誤りであることは、被告も認めるところである。)。

(二) 審決が「内外の部材で二重に形成された家具などの構造体において、荷重を一方の部材のみで支持させ、他方の部材で支持させない構成の設計にすることは、例示を要しない程度に本願発明の出願前周知の技術であるから、引用例に記載されている内側殻体をそれのみで人の重量を支持できる厚さと剛性を有するものとし、外殻を非耐荷重のものにすることは、当業者が必要に応じ容易にしえたもの」とした点について、検討する。

成立に争いのない乙第四号証ないし乙第八号証によれば、箪笥の側板や冷蔵庫の扉体の前面板などの特に耐荷重性を考慮する必要のないところに非耐荷重の装飾板や化粧板を取付けることは、本願発明の出願前周知のことと認められ、さらに、成立に争いのない乙第一号証ないし乙第三号証によれば、椅子の着座部の構成においても、着席重量を椅子枠体ではなく椅子枠支持金具に受載せしめたものや座席部の底面に化粧板や底布を施したものが周知であつたことが認められる。

しかしながら、前掲乙号各証にみられる周知例の各部材は、本願発明におけるごとき、座部と背部とが一体となつた耐荷重性殻体を有する椅子における耐荷重性内側殻体と非耐荷重の装飾外殻との組合せに係るものと理解することはできず、また、前掲乙号各証の記載には、従来周知の座部と背部が一体となつた耐荷重性殻体から成るいわゆるシエルチエアについて、美観と強度との双方が両立するように改良しようと考えさせ、かつ、その改良に当り、それのみで人の重量を支持できる耐荷重性殻体と専ら装飾用の殻体との二つの殻体を組合わせて用いるという技術的思想も示唆されているとみることはできない。しかも、前認定のとおり、引用例は、すぐれた弾性と著しい耐久性とがあり、しかも、軽量の椅子を提供する目的から、上部の殻状体と下部の殻状体とが協働して人の重量を支持できる支持部材を構成する技術を示しているにとどまるものであるから、このような引用例の技術の目的及び内容に照らすと、審決が、「引用例記載の内側殻体をそれのみで人の重量を支持できる厚さと剛性を有するものとし、外殻を非耐荷重のものにすることは、当業者が必要に応じ容易にしえたもの」としたのは、誤りといわざるをえない。

この点について、被告は、<1>椅子に座る人の重量を独自に支持するのに十分な厚さと剛性を有する座部と背部とが一体となつた耐荷重性殻体を有する椅子が、極めて一般に知られていたこと、<2>引用例のものは、内側殻体と外殻とから成る椅子において、外殻が装飾的形状に形成されていること及び<3>内外の部材で形成され、外側部材が装飾部材になつている家具などの構造体において、右装飾部材を非耐荷重のものとすることが、周知であることを根拠に、「引用例の椅子において、上部の殻状体をそれのみで人の重量を支持できる厚さと剛性を有するものとし、外殻を非耐荷重のものにすること」は、当業者が必要に応じ容易にしえたものであると主張する。

しかしながら、被告が前記<2>として指摘するところは、明らかに誤りである。なぜなら、前認定のとおり、引用例の椅子においては、下部の殻状体が上部の殻状体と協働して人の重量を支持すべき耐荷重部材を構成しているのであるから、本願発明における外殻に対応する下部の殻状体を、本願発明にいうような装飾用のみの部材に当るとみることはできないからである。

また、被告が前記<3>として指摘する点に関しても、前認定のとおり耐荷重性を特に考慮する必要のないところに非耐荷重の装飾板や化粧板を取付けた家具などの構成が周知であるとしても、被告が提出した乙号各証には、座部と背部とが一体となつた耐荷重性殻体を有するいわゆるシエルチエアについて、耐荷重性と装飾性の双方を両立させるべく改良すること、さらに、その改良に当つて耐荷重用の殻体と装飾用の殻体との二枚の構成とする技術的思想を示唆する記載を見出すことができず、しかも、引用例の技術が前認定のとおりの目的及び内容のものである以上、前記<3>として指摘された事項と引用例の記載とを総合しても、引用例記載の上部の殻状体(内側殻体)をそれのみで人の重量を支持できる厚さと剛性を有するものとし、下部の殻状体(外殻)を単に装飾用の殻体として、両者を結合することは、容易に想到しうるものとはいえない。

なお、被告が前記<1>として指摘した点については、本願発明は、被告が従来周知であつたと主張するいわゆるシエルチエアについて、耐荷重性と装飾性が双方とも両立するように改良しようとするものであるから、いわゆるシエルチエアが従来周知のものとして存在していたことによつては、これを右<2>、<3>の点について判断したところと併せ考えても、本願発明の進歩性が否定されるものではない。

したがつて、この点についての被告の主張は失当である。

(三) すでに認定したとおり、引用例の椅子においては、上部殻状体と下部殻状体とが協働して荷重支持部材を構成しているものであり、「どの場合にも、殻状体1、2の部分5、6は著しく強い支持体となり、バネ部片のような弾性部片が従来のこの種室内家具によく起るように椅子底部をつき破ることが実際上ないようにする。」構成のものであることからみると、審決が「引用例に記載の外殻は、背部においてはその周縁以外の部分で内側殻体の形状と別異のものとなつているので、座部においても同様に別異の形状とすることは、当業者が必要に応じ容易にしえた程度のこと」と判断したのは誤りである。なぜなら、引用例の椅子の座部においても背部と同じように下部殻状体(外殻)と上部殻状体(内側殻体)とを別異の形状としたのでは、シート部分と側部部分と背部分とが一体に形成された構造体の、シート部分においては互いに接触し、側部部分及び背部分においては間に中空部分を形成するという構成とすることができず、また、部分5と部分6とが積層されなくなり、前記バネ部片によるつき破り防止の目的も期待できなくなつてしまうからである。

この点、被告は、<4>内外の部材で形成され、外側部材が装飾部材になつている家具などの構造体において、右装飾部材と内側部材とを別異の形状にすることが周知であること、<5>座部において、外殻と内側殻体とを別異の形状にすることによる効果は、右<4>の周知技術の奏する効果と格別相違しないことを根拠に、引用例の椅子の座部において下部殻状体(外殻)と上部殻状体(内側殻体)とを別異の形状にすることは、当業者が容易にしえたことであると主張する。

前掲乙第五号証ないし乙第八号証によれば、冷蔵庫の扉体の前面板や浴槽本体の外側に別異の形状の化粧板や装飾板を取付けたものが本願発明の出願前周知であつたことが認められるが、引用例の椅子の座部が前記のとおり上下殻状体が積層された一体構造体になつていてバネ部片によるつき破り防止を期待する構造となつていることからみると、前記の周知例の存在を勘案しても、引用例の上下殻状体を座部において別異の形状にすることは当業者が容易にしうることとはいえない。また、本願発明が、座部と背部が一体となつた耐荷重性の一枚の殻体からなるいわゆるシエルチエアにおいて、一枚の殻体による美観作出の工夫の限界を認識し、耐荷重用の殻体と周縁以外の部分ではこれと別異の形状の装飾用殻体との二枚の殻体を組合せて接合させることによつて、装飾用外殻において専ら美観作出の工夫をし、美観と強度の双方を両立させることができたことは、前記冷蔵庫の扉体に化粧板などを取付けた周知の構成から理解できる効果に比して特段の効果とみるのが相当である。

したがつて、この点についての被告の主張は失当である。

3 以上のとおり、審決には原告主張のとおりの誤りがあり、審決は、これらの誤りを前提として、本願発明は全体的にみても引用例記載のものに基づいて当業者が容易に発明をすることができたものと判断したものであるから、違法として取消を免れない。

よつて、審決の取消を求める原告の本訴請求を正当として認容することとする。

〔編註その一〕 本願発明の要旨は左のとおりである。

椅子に座る人の重量を独自に支持するのに十分な厚さと剛性を有するところの座部と背部とが一体となつた耐荷重性内側殻体と前記内側殻体の前面を覆う部材と、装飾的形状、前記内側殻体の後面を覆うための座部と背部とが一体になつた被覆部分、及び所望の形状を保持するのに十分な厚さと剛性を有する別の成形プラスチツク製非耐荷重の装飾外殻とから成り、前記装飾外殻は前記耐荷重性内側殻体に固着されかつ内側殻体の後面を覆うように配置され、それにより椅子に装飾的外部形状を付与し、前記装飾外殻と耐荷重性殻体の周縁は実質的に同形でありかつ相互に近接しており、前記周縁以外の部分では前記装飾外殻の形状は前記耐荷重性殻体の形状と別異のものとなつていることを特徴とする椅子。(別紙図面(一)参照。)

〔編註その二〕 本件に関する図面は左のとおりである。

別紙図面(一)

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